SCROLL PAGE TOP

ボッテガ

笹川尚平

CHEF / ITALIAN

新鮮な旬の食材を最大限に生かしたイタリアン

イタリアの郷土料理のニュアンス、中国料理の医食同源、優れた食材、すべてを融合し、体現

笹川尚平(ささがわ・しょうへい)


1976年富山県生まれ。調理師学校卒業後、東京で中国料理を学び、後にイタリア料理に転向。1年間イタリアで修業した後、「アロマフレスカ」の原田慎次氏に師事し、2017年に広尾に「ボッテガ」をオープン。

いつも変わらぬ“定番”を

2017年1月にオープンし、わずか10カ月でミシュラン東京の一つ星を獲得。笹川尚平シェフが提供するのは、イタリアで長年愛されてきた、滋味豊かな郷土料理だ。変わらないように思えるその味は、実は食材や季節によって、微妙に、愛情深く変えられている。だからこそ何度でも食べたくなるのだ。

 

トスカーナ州の郷土料理であるトリッパの白ワイン煮込みを、ギアラや小腸を加えてアレンジした「トリッパ、ギアラ、小腸の煮込み」。通常はトリッパを何度もゆでこぼしてから煮込むが、「ボッテガ」では新鮮な食材を使っているため、内臓はゆでこぼさず、ゆで汁を出汁としてそのまま使う。そして、ふたを開けたままオーブンに入れ、熱で浮いてきた脂はアクとして取るのではなく、焼きながら煮込む。食材の旨みをすべて閉じ込めた「100%内臓です」と、笹川尚平氏は破顔する。
「夏は白ワインを増やしてさっぱり仕上げるなど、食材と季節に応じて日々調整します。そうすることで、常においしいと言ってもらえる“定番”にしています」

 

中国料理から転身し、25歳でイタリアへ。1年かけてピエモンテからカンパーニャ、トスカーナをめぐって修業した。

「中国料理をしていた時から郷土料理を深掘りしたいという思いが強く、イタリアでも各地の文化を反映させた郷土料理に引かれました。煮込み料理もその一つですね」

だが、帰国後、門をたたいたのはモダンな料理で知られる「アロマフレスカ」の原田慎次氏。

「毎日、毎日、満席でも、丁寧さを積み重ねるのが原田さんの仕事であり、料理。学ぶことは多かったですね。しかも、僕の経験も認めてくれて『責任は自分が持つからやってみなよ』と、姉妹店『カーザヴィニタリア』のシェフを任せてくださいました。あと、店は持ってからが長いという話をしてくれたこともあり、勢いで独立するべきじゃないな、と焦る気持ちが消えました」

そして、満を持して40歳で「工房」を意味する「ボッテガ」をオープン。大人の雰囲気が漂う店内は、「心を込めて焼いています」というフォカッチャの香ばしい香りに包まれていた。

 

「フォカッチャやパスタも、その日の気温や湿度、食材によってレシピを調整します。その加減こそが、料理人の腕の見せどころじゃないかと思うのです。次々に新しい料理を作るよりも、そうやって一つのものを探求して、掘り下げていきたいと思っています」

 

写真は「アロマフレスカ」の原田慎次氏。

原田氏の記事はこちら

実は中国料理を目指して上京しました

「料理人になろうと思ったきっかけは、母が富山県で喫茶店を営んでいたことです。子供の頃、よく店のお客様にかわいがっていただきました。母は栄養学を学んでいたので、家でもおいしくてバランスのとれた料理を食べさせてくれたのを覚えています。

 

母とは一緒にいろんな店で食事もしましたが、当時、富山ではイタリアンの店がほとんどなかったのです。あってもチェーン店が1軒くらいで、ちゃんとした店に行ったことがなかったので、より本格的な店があった中国料理に引かれました。それで、中国料理を志して金沢の調理師学校で学び、上京して雑誌などでもよく取り上げられていた評判の中国料理店で働かせていただきました。すごく厳しい店でしたが、先輩にもかわいがっていただいて、とても勉強になりました。

 

東京に出て、本格的なイタリア料理やイタリアの文化をよく知るにつれ、「自分がやりたいのはイタリアンではないか」と思うようになり、その中国料理店が移転するタイミングで辞めさせてもらいました。1年足らずの勤務でしたが、本を読んで理解を深めること、医食同源の考え方、そして料理人としての在り方など、今に至る道筋を作ってくれたのはこの店だったと思っています」

古い食器を集めています

「古い食器を、飾っておくのではなく使うのが好きで、店でもどんどん出しています。1910年代に作られたアラビアの食器は、横から見るとよくわかるゆがみが気に入って購入しました。アラビアはフィンランドのメーカーですが、当時は第1次世界大戦などがあった激動の時代で、食器を作るどころじゃない状況だったそうです。それでも、こうしたいいものをコツコツ作っている方がいた、と思うと感慨深いですね。アラビアの食器は、40年代のぬくもりのあるものも、60年代の作家さんを交えて作るようになったものも好きですね。

 

リチャード ジノリは古いものがあまり出てこないんですよ。イタリアで40年の歴史のある店で働いていたのですが、そこでは店で出している食器がすべてジノリで、まかない用に使っていた古いジノリをいただきました。すごく重くて、料理を盛る前に何十枚と温めたこの皿を運ぶのが大変だった記憶がよみがえってくる、思い出の皿ですね」

古書に魅せられて

「最初に働かせていただいた中国料理店で薦められて、神保町の古書店を何軒も回って手に入れたのが『随園食單』です。中国料理を学ぶ者にとってはバイブルのような本で、今でも乾燥を防ぐためにラップで包んで大切に保管しています。

 

LE RICETTE REGIONALI ITALIANE』は、イタリアでの修業時代に、同僚にあれこれ質問していたら紹介されて購入した本。全イタリアを回って仕上げられた郷土料理の本で、ある食材に対して、どういったハーブやスパイスの使い方、組み合わせがあるのかなど、州ごとに細かく書かれています。本の内容を自分で食材別に表にまとめ直したりして、ただただ「好きだから」という気持ちで辞書を引きながら3年かけて読み込みました。

 

文庫よりも古いハードカバーが好きで、開高健さんの『最後の晩餐』もその一冊。重要だと思った文章などは読み返しやすいように、ノートに書いてまとめています」

料理人一覧ページに戻る