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リューズ

飯塚 隆太

CHEF / FRENCH

今一番大事にしていることは食材への敬意です

「僕らはフランス料理の伝統的な仕事をしっかり叩き込まれた、ほとんど最後の世代なんじゃない」

飯塚隆太(いいづか・りゅうた)


1968年新潟県生まれ。専門学校卒業後、「第一ホテル東京ベイ」「ホテル ザ マンハッタン」などで修練し、1994年に「タイユバン・ロブション」の開業スタッフとして働く。1997年に渡仏し、「トロワグロ」などの名店で2カ月研鑽を積む。帰国後「タイユバン・ロブション カフェフランセ」のスーシェフ、「ターブル ドゥ ジョエル・ロブション」のシェフを経て、2005年「ラトリエ ドゥ ジョエル・ロブション」のシェフに就任。2011年に「リューズ」を六本木に独立開業。その年にミシュラン一つ星を、翌年には二つ星を獲得している。

食材の魅力を最大限に引き出す、それが飯塚流です

飯塚隆太氏のフランス料理に対する思い入れは、やはり深い。
最初の修行先は大型ホテルで、運良くフォンを作る部署に入り、フランス料理のベースをしっかりと学んだ。若手フランス料理人のコンクールにも積極的に挑んだし、その後はロブション氏のもとで働きながら伝統的なフランス料理と向き合い続けた。そのため、料理人・飯塚隆太の核を作っているのは、フランス料理の技術である。

だからと言って、いわゆる伝統的な、昔っぽいフレンチを作りたいというわけではない。フランス料理の技術は、応用がとてもききやすい。現代的な軽い料理も作れるし、日本のみずみずしい食材に活用することもできる。
実際、今、料理で一番大事にしているのは「素材への敬意」。料理とは、食材のポテンシャルを最大に引き出すこと。その手段として、僕はフランス料理の技術を使っている、というわけなのである。

 

ただ、時には和食の技術も取り入れることがある。和食にもまた、素材の持ち味を最高に引き出す技術がいっぱいあり、学ぶところが多い。自身の核はフランス料理であって、揺るぎないとわかっているから、和や他のジャンルの技術に対してもオープンでいられるのだ。

仔羊のローストと色とりどりの野菜。ニュージーランドの仔羊を使うが、羊の強い香りは抑えられていて、やさしい味がするのが特徴。

勾玉(まがたま)の形に仕立てたアカザエビ。甘みの強い雪下にんじんのムースを敷き、昆布などの日本の伝統食材でとった出汁のジュレで囲む。

自家製スモークサーモン、ブルターニュ産ボルディエの海藻バター、赤玉葱のピクルス、新潟の茶豆でつくった混ぜごはん。

漬物と納豆と、フロマージュブランとヨーグルトとバター。日仏の朝食は“発酵食品つながり”がありますね、と飯田氏。

タイユバン・ロブションで渡辺さんと切磋琢磨

1996年オープンの「シャトー レストラン タイユバン・ロブション」では、オープニングスタッフとして肉部門のスーシェフに就任した。26歳の時だ。その時、肉部門のシェフだったのが、ナベノ-イズムのオーナーシェフの“ナベさん”(渡辺雄一郎氏)。歳は渡辺氏が一つ上。
「僕もその頃は血気盛んで、フランス料理の現場で鍛えられてきた自信があるから、立場が上だろうと年が上だろうと、実力がないヤツは認めない!肉のシェフといったって、どんだけのもんよ?!とか言ってギラギラしていて(笑)。でも、ナベシェフはすごかった。人として信頼できるし、料理人としても尊敬できることがすぐにわかったんです。それである日、思わず『ナベさん、あなたは僕が認めた最初の料理人ですよ』と伝えたんです。なぜか、営業中のバタバタに忙しい厨房で。ナベさんは『えっ?! 何?! 今?! 』と戸惑っていたみたいですが(笑)」

それからは、よく二人で夜通し料理論議を戦わせた。「どうやったら、ロブションさんが望むようなクリアなジュが作れるんだろうか?」「骨の焼き具合はこれでどうだろう?」「手順をこう変えてみたらどう?」……などなど、延々と試行錯誤した。
「本当に厳しい職場でしたが、ナベさんがいたからその厳しさも乗り超えられたし、成長できたと思っています。まさに戦友です」

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