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桝田

枡田兆史

CHEF / JAPANESE

懐石料理・二十四節気

こだわりの器に季節を盛り付けた、目にも美しい料理。旬の食材のおいしさが、口にとろける。

枡田兆史(ますだ・よしちか)


1960年奈良県生まれ。「𠮷兆」での5年の修業を経て、割烹「榎里」へ。ここを15年勤め上げ、「桝田」を開いた。1999年5月、39歳のときである。2010年から11年連続でミシュラン二つ星を獲得。

心を幸福感で満たす料理

懐石料理は何よりも「季節」を重視する。桝田兆史氏は、「旬の食材のより繊細なおいしさを見極めながら、2週に1度、コースを組み替える」という。これは言うなれば、食材を通して「二十四節気」を表現するようなもの。目に美しく、鼻に染み入り、口においしさがとろけるコースの一品一品が、器の醸す季節感と相まって、私たちの心を幸福感で満たしてくれる。

厳しい修行の日々

桝田氏が料理人を志したのは高校2年生の頃。俳優の萩原健一さんが小心で純朴な板前を演じたテレビドラマ『前略おふくろ様』の世界に憧れてのこととか。もちろん現実は、憧れだけでやっていけるほど甘くない。

 

辻調理師専門学校を経て入ったリーガロイヤルホテルの「𠮷兆」(現・神戸𠮷兆)では、厳しい修業の日々。それでも「日本一の料亭で働かせてもらっている」誇りを胸に頑張り、追いまわしから漬物や煮方、八寸場、造りの二番手と順調に“出世”し、5年目には焼き物や揚げ物の一番上の仕事をさせてもらえるようになったという。

 

「その頃ですね、ぼちぼち店を移るのもいいかなと考え始めたのは。実は前に先輩に連れられて行った京都の割烹の雰囲気に引かれるものがあって、次はカウンタースタイルのお店で働いてみたいと思っていたんです。それでミナミの『榎里』という割烹を紹介していただきました」

15年後の独立

二番手で「榎里」に入った桝田氏は、最初は相当戸惑ったようだ。

 

「そもそもコース料理ではなく、メニューはすべてアラカルト。料理を準備しておくことはできず、接客しながらおすすめを提案するなど、当意即妙の対応が必要です。加えてお客様は、接待とか同伴の方が多いので、スピードが求められます。とくに2年目に料理長になってからはバブル絶頂期でもあり、目の回る忙しさでした」

 

そうして「いつの間にか15年」経った頃、女将さんがご高齢で引退し、店を閉めることになった。それを機に桝田氏は、独立を決めた。

 

オープンから約20年。こだわりの器に盛られた華のある料理には、今まで以上に季節がふんだんに盛り付けられている。店内の壁には、武者小路千家官休庵宗匠の手による「伯楽一顧」の扁額。名馬を見抜く目を持つ伯楽にまつわる故事による四字熟語だ。

 

今、桝田氏は7名の弟子たちに惜しみなく技術を伝え、すでに4名ほどが独立したという。「桝田」のDNAが今後どう進化・発展するのかにも注目したい。

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