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赤坂 桃の木

小林 武志

CHEF / CHINESE

陽春の桧舞台

15年の時を経て生まれ変わった店は、中華の王道を行きながらも、中華の枠を超えた挑戦を続け、新たな料理を生み出す。

小林 武志(こばやし・たけし)


1967年愛知県生まれ。辻調理師専門学校、同技術研究所で学んだ後、職員として8年間勤務。吉祥寺「知味竹爐山房」「際コーポレーション」などを経て2005年、38歳のときに「御田町桃の木」を開業。開業5年でミシュラン二つ星を獲得。2020年3月、紀尾井町ガーデンテラスという新天地へ移転。更なる活躍が期待される。

新生・桃の木

御田町で熟成のときを経ること15年、中華の名店「御田町 桃の木」が、2020年、「赤坂 桃の木」として紀尾井町・東京ガーデンテラス紀尾井町3階に移転オープンした。春暖の候、窓外に見えるお堀沿いの桜が早くもつぼみを膨らませようとしている様は、まさに小林武志氏の料理人人生・第2幕の始まりを祝福するよう。新生・桃の木はこれからどんな花を咲かせるのだろうか。

御田町から赤坂へ

3月3日――桃の木が新たなスタートを切るのに、これほどの吉日はない。なぜなら“桃の縁”が重なるからだ。この日は言わずと知れた「桃の節句」。女の子の成長を願う親の気持ちは、そのまま小林氏が店に託す思いに通じる。また店名は、司馬遷の『史記』にある「桃李成蹊」に由来するもの。「桃李不言 下自成蹊」、つまり「桃や李は何も言わないが、美しい花や香りの良い果実を求めて人が集い、その樹木の下には自然と道ができる」というこの言葉に込めた思いを、桃が象徴する。しかもこの日は、小林氏の誕生日。めでたさ百倍である。

 

それにしてもなぜ小林氏は“住み慣れた”御田町を離れることを決めたのか。「以前からいくつも移転の誘いを受けていた」そうだが……。

「実は10年ほど前に一度、移転を考えたことがあるんです。ただ当時は、大きな所に移るより、逆に改装して席数をぐっと減らすという選択肢をとりました。余裕をもって、より丁寧に料理と向き合いたいと思った。その考えがここ3、4年でまた変わってきました。海外で仕事をさせていただく機会が増えて、大人数で料理を作り、たくさんの人にバン! と出す、そういうスタイルに面白さを感じたんです。そんな折、お客様としてお越しくださった占いの先生が、『桃の木さんのバイオリズムは2020年からぐーっと上がりますよ。人との縁があるし、お店が新しくなる気配を感じます』とおっしゃって。そのタイミングで紀尾井町のここを紹介していただく縁もあり、『よし、移転だ』と即決しました」

 

移転しても柳田泰山という著名な書家の手による扁額は健在。「御田町を改装した10年前に書いていただいた」という。桃の木の来し方行く末を見守る家宝である。

中華の枠を超えた挑戦

小林氏はまた、東京ガーデンテラス紀尾井町というこの場所に、「特別な、自分に合う、強くていい気が満ちている」と感じたそうだ。

 

新しい桧舞台「赤坂 桃の木」は、御田町の店よりずっと広い。でも席数はほとんど同じなので、“ゆったり感”が増した感じ。とりわけ奥の窓際の個室では、お堀が浮かび上がるような美しい夜景を眺めながらの食事が楽しめる。

広さの極は厨房にある。何と御田町時代の約6倍! ガスの口数も半端なく多いここで、強い火をガンガン燃やしながら、小林氏以下6人のスタッフが腕をふるう。

 

「今まではほぼ一人で料理をし、小さい店ならではの精度にこだわったおいしさを追求してきました。これからはスタッフが増える分、料理も変わります。仕込みにも調理にも仕上げにも、より手がかけられるので、今まで以上に手の込んだ、繊細かつ重厚な味わいを目指したい。これまで通り、中華の王道を行きながらも、とくに食材に関しては中華の枠を超えた試みに、積極的に取り組んでいきたいと思っています」

 

香港や中国、台湾などでは、すでに和や洋の食材を普通に取り入れている。そんな現状に鑑みて、「食材にはもはや“中華の枠”なし」と判断したわけだ。

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