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草喰なかひがし

中東久雄

CHEF / JAPANESE

草との対話

日々、山野草を求めて里山を駆けながら感性を磨き、野草に宿る“いのち”の輝きを余すことなく料理で表現。心も体も喜ぶ味わい。

中東久雄(なかひがし・ひさお)


1952年京都府生まれ。京都・花脊の料理旅館「美山荘」に生まれ、料理長を務めたのち、独立。93年の東北の冷害の際、彦根「一志郎窯」の土鍋に出合って以来、土鍋で炊いた白飯をメインディッシュとしている。

自然と向き合う日々

京都でも有数の名店として評判の高い日本料理店「草喰なかひがし」。店主の中東久雄氏は、京都・花脊の山里にたたずむ料理旅館、美山荘の出身である。美山荘の3代目で、摘草料理の考案者である故・中東吉次氏を実兄に持ち、その料理を間近に学び、美山荘の料理長を務めた。その実家を出て“山を降り”、京都の街で自身の店を出したのは、45歳の頃。

 

「街の店なので、美山荘のときとは違うものを、と考えていました。最初は普通に野菜を買っていたのですが、きれいに並べられた野菜からは、“いのち”が感じられなかったのです。それで、生産者さんを探すようになり、あるとき、大原でいい野菜を育てていた農家さんを見つけたので、わけてほしいとお願いすると、“おいしく食べてもらいなさいよ”と大事そうに野菜を手渡してくれました。ああ、こういうものを調理したいな、と思ったのです」

 

その頃から毎朝、野菜や山野草を求めて京都の里山、大原に出向くようになった。日々自然に向き合い、季節の草花を採集していると、森羅万象の理を体感し、“いのち”を輝かせるための料理にもおのずと力がこもる。

「草を喰む」ということ

店名にもある通り、コンセプトは「草を喰む」ということ。店の主役は、中東氏が毎朝、京都・大原の野山を駆け回って採集する季節の山野草と、農家で大切に育てられた京野菜、そしておくどさんで炊いたご飯だ。朝の採集に出かけると、毎日、発見があるという。

 

「自然がめぐっていく季節感とともに、植物のみずみずしい“いのち”を感じます。そして、植物は私に言うのです。おいしい物だけをつまみ喰いするな、食べられる物はすべて食べ尽くせ、と。万物創生、地球上のすべてのいのちは、太陽の光と、水と、空気によって生かされています。人間もその一員であり、植物は人間のために生きているのではありません。それをおいしくするのは、調理する人間の役目です。調理方法は、山野草や野菜が、日々、うるさいくらいに教えてくれます」

 

我々の先祖である人間は、その昔、火を使うことを覚え、食べ物の消化吸収が良くなり、脳が発達した。「知恵によっていのちあるものを食べ尽くし、成仏させることは、私たちに課せられた使命です。そうしていのちを殺さずにつないでいくことが、共存共栄の未来へとつながります。“いのちをいただく”ということを、当店の料理で実感していただけたらうれしいです」と中東氏は話す。

山野は食材の宝庫

そこにある草を、雑草ととるか、食べ物ととるかはその人次第。はこべやなずな、タンポポも、十分、食材になる。大原は中東氏が昔、京都でいい野菜を探していたときに出合った地で、水も、土もよく、とてもいい作物が育つ。当時はあまり知られていなかった大原の野菜が、朝市の創設などで有名になる前から出入りしていたので、地元の人は皆、中東氏のことを知っている。

 

「有機栽培の畑に入って野草を抜いたり、野菜をいただいたりしても、自己申告で大丈夫。盗んでいるわけではありませんよ(笑)。こんな格好で畑に入っているので、どうも目立つみたいです。大原に来るといつも、きのこや野菜を持ってきてくれる仲間がいてうれしくなります」

赤い愛車がトレードマーク

野山を駆け回り、食材を採集するときは、いつもこの赤いクルマに乗っているという中東氏。もう20年、毎日これでうろうろしているので、大原ではこのクルマごと知られているようだ。小さいので、野山の細い道でも入っていけてちょうどいい。季節によって、どこに何が生えているかはわかっているので、これであちこち回り、野菜や野草、花などをトランクに詰めて帰るという。

 

「店の調理場にいるよりも、毎朝、このクルマで野山を走り、天からの授かりものである山野草に出合う喜びのほうが私にとっては大きいですね。こっちが本職だと思っています(笑)。12月にふきのとうを出すと皆さん驚かれますが、春の山菜も、春に急に出てくるのではなく、冬の間から準備をして、がくの中で寒さを乗り切り、春に一斉に芽吹くのです。店でもカウンター越しにその日に出会った自然のことや、野草の季節感などについてお客様とお話ししています」

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